![]()
北山の魅力をもっと知ってもらいたい!
「写真で見る北山の1年」は古都京都の中でも特に現代的なこの街を毎月更新でご紹介する連載コンテンツです。
周辺のスポット情報のご紹介をまじえながら、北山の魅力をお伝えしていきます。

現在ではもっぱら京都の夏の風物詩として、観光行事となっている五山の送り火。
しかしながら、「精霊を冥界にお送りする」という古くからの信仰の歴史と、伝統を守らんとする人々のなみなみならない努力によって支えられている、京都の地元住人にとって大変重要で神聖な行事なのです。
そこで今回は、北山に特にゆかりの深い二つの山をご紹介します。
約700年の歴史を持つ妙法は、そもそも平安京造営時に米を献上するために地元「松ヶ
崎」に移住した集落に起源をもち、「妙法」の文字があらわすように、集落全体が日蓮宗に帰依していたことがそのはじまり。
五山の送り火では一つの山と数えられるこの「妙法」ですが、西の「妙」は万灯籠山(松ヶ崎西山)と、東側の「法」は大黒天山(松ヶ崎東山)と二つの山に分かれ、それぞれ異なる歴史を持っています。

「妙」は鎌倉時代末期に日蓮宗の僧侶である日像が、西の山に向かって「南無妙法蓮華経」の題目から「妙」の字を書き、それを基に地元で山に点火を始めたのが起こりとされます。

また、「法」は、江戸時代初期から始まったとされており、僧の日良が松ヶ崎の西側にしか送り火がなかったことから、東の山に向かって「法」を書き、これにならって火をともしたのが始まりと伝えられています。
この8月15日(20時~)と16日(21時~)には一環の風習として、涌泉寺にて日本最古の盆踊りとされる「松ヶ崎題目踊り」が行われます。境内では、太鼓に合わせ、「南無妙法蓮華経」の題目を唱えながら老若男女が踊り、また、京都・洛北地域に伝わる盆踊り「さし踊り」も披露されます。

西賀茂の明見山にある「船形」は、西方寺の開祖、慈覚大師が847年、唐への留学の帰路で暴風雨にあった際に、南無阿弥陀仏を唱えたことにより、無事帰国できたことから、その船を型どって送り火を始めたと伝えられています。
現在では、旧家より若中、中老、年寄の計100人余りが送り火行事に携わっており、16日には割木を山に運んで、点火の準備を行います。点火の合図である49回の鐘が打たれると共に、船底から帆柱へと下から上へ一気に火が点る様は圧巻です。
西方寺では、送り火の後、先祖供養を締めくくる重要な行事です。境内のかがり火を囲んで白装束に身を包んだ西方寺六斎念仏保存会によって、国の重要無形民俗文化財にも指定されている六斎念仏がとりおこなわれます。
