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北山の魅力をもっと知ってもらいたい!
「写真で見る北山の1年」は古都京都の中でも特に現代的なこの街を毎月更新でご紹介する連載コンテンツです。
周辺のスポット情報のご紹介をまじえながら、北山の魅力をお伝えしていきます。

毎年5月15日に京の街並みを彩る葵祭は「賀茂祭」ともいい、賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)のお祭りです。
総勢500名の行列が京都御所を出発して下鴨神社を経由、賀茂川沿いを北上して上賀茂神社まで優雅な宮中衣装に身を包んだ行列が約8キロの道のりを進みます。
この葵祭、古くは平安時代から始まり、国家的な行事として、わが国のお祭のなかでも王朝風俗の伝統が今なお残されている貴重な行事で、「源氏物語」の中でも拝観場所の車争いの様子が描かれていることは、当時より変わらず祭りが盛大であったことをあらわしています。
賀茂祭が葵祭と呼ばれるようになったのは、江戸時代のころ。牛車から衣装まで植物の葵で飾られていたことから「賀茂の葵の祭」と呼ばれ、次第に「葵の祭」そして「葵祭」となり、一般的な呼び名となりました。
写真提供:上賀茂神社(http://www.kamigamojinja.jp/)
葵祭の前儀として、5月5日には上賀茂神社にて900年以上にわたって続く「賀茂競馬(かもくらべうま)」が行われます。
京都市登録無形民俗文化財にも登録されているこの行事は、天下泰平と五穀豊穣を祈願する行事で、メインの競馬会(くらべうまえ)の儀では、左の赤色の「打毬(たぎゅう)」と、右の黒色の「狛鉾(こまぼこ)」の装束とに分かれて、2頭6組の馬が新緑の青々とした馬場を駆け抜けます。

葵祭という呼び名が一般的になった江戸時代。
上賀茂神社の境内に自生する葵(フタバアオイ)を「葵使」とよばれる一行が、毎年江戸の徳川将軍家に献上する習慣が生まれました。
徳川家の家紋でもある葵を、同じ葵の神紋をもつ上賀茂神社より献上されることは貴重な儀式でした。
その葵使の儀式を140年ぶりに2007年4月に復活しました。
当時の葵使の一行に扮した行列が上賀茂神社から京都府植物園前までの距離を歩き、その後、車で久能山東照宮に献上されました。
2008年の今年は4月29日(祝)に行われます。
葵祭など、上賀茂神社と周辺の地域を語る上で、葵は遠い昔から切りはなすことのない存在です。
しかし、かつては上賀茂神社周辺をはじめ、北区・左京区自生していたフタバアオイも、昨今の環境の変化により減少を続けていることをご存知ですか?

上賀茂地域では、もう一度このフタバアオイを再生させようと、現在、フタバアオイを一般に株分けし、大切に増やした株を上賀茂神社に納めるという再生活動が盛んです。
かつてのようにフタバアオイが茂るには、地球環境の改善などをはじめまだまだ時間がかかりますが、この地域では人々が手を取り合って前向きに取り組んでいます。
お問い合わせ・リンク:
■上賀茂神社:TEL 075-781-0011 URL http://www.kamigamojinja.jp/
■社団法人 京都観光協会:TEL 075-752-0227 URL http://www.kyokanko.or.jp/
